1437億円の土地を保有!プロ野球の開始とともに誕生した「東京ドーム」の歴史と決算数値まとめ

2018年06月22日 18:28

プロ野球「読売ジャイアンツ」の本拠地として知られる東京ドームですが、運営企業は「東京ドーム」という会社です。

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創業のきっかけ:メジャーリーグ選抜チームの来日

1934年、ベーブ・ルースを中心としたメジャーリーグ選抜チームが日本を訪れました。

読売新聞社の正力松太郎氏は日本全国から有力選手を集めて代表チームを結成。

日本代表は16試合を戦い、結果は全敗。

そんな中、当時17歳の沢村栄治投手が8回1失点の好投を演じ、メジャーリーガーを驚かせました。

試合には負けたものの、メジャー代表チームに一矢報いたことで日本人の野球熱は大きく高まります。

これを受けて1936年に日本初のプロ野球リーグ「日本職業野球連盟」が始まりました。

プロ野球ができるも、良い球場がなかった

当時、東京周辺の野球場として「明治神宮球場」がありましたが、ここはプロ野球より先に日本の野球文化の中心となった大学野球の聖地でした。

東京六大学野球連盟の出資で建設された経緯もあり、発足したばかりのプロ野球が使うことはできませんでした。

そのため、杉並区の「上井草球場」や、現在の江東区にあった「洲崎球場」を使用していたのですが、上井草球場は交通の便が悪く、海岸近くの洲崎球場にいたっては満潮時にグラウンドが海に沈むという問題がありました。

そこで、「名古屋郡(現・中日ドラゴンズ)」や「イーグルス(1943年に解散。東北楽天イーグルスとは無関係)」などの設立に携わった河野安通志氏や押川清氏が、都心に新たな球場を建設することを計画。

正力松太郎氏や阪急グループの創始者・小林一三氏らの出資を受け、「(株)後楽園スタヂアム」を設立し、1937年には後楽園スタヂアム(後楽園球場)を完成しました。

太平洋戦争の終戦前には軍に接収され、ジャガイモやトウモロコシを栽培、二階席には高射砲が設置されるということもありました。

球場周辺に娯楽施設をオープン

戦後、各球団が本拠地球場を設定するようになると、巨人軍をはじめ5球団が本拠地とするなど、東京におけるプロ野球の主戦場として使われました。

1946年には囲碁・将棋遊技場を開設、これを皮切りにアイススケート場、競輪場、ボウリング場など、球場近辺にさまざまな娯楽施設をオープンし、多角経営に乗り出します。

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