創業6年でチェーン売上1,000億円を突破!日本を支えるコンビニ『セブンイレブン』創業の軌跡(後編)

アメリカのサウスランド社に派遣されたセブンイレブン・ジャパンの創業メンバーたちは、現地で夜ごとに集まって「学んだことを日本でどうやって生かすか」について議論を重ねていました。

全員が日本に戻ると、この議論はさらに活発になります。

多くのメンバーは、アメリカで学んだことに当初固執していました。

ところが「言い出しっぺ」の鈴木氏だけが、サウスランド社の方法をそのまま日本に適用できるとは限らないと考えていました。


アメリカの『7-ELEVEN』を換骨奪胎して日本に導入

日本とアメリカでは小売業や土地や品物など、あらゆる条件が異なっています。

アメリカでセブン・イレブンが発展した理由の「根本」を理解し、それを実験しながら日本で応用するというのが重要なことだと鈴木氏は主張しました。


中でも有名なのが、「あんまん・肉まん事件」と呼ばれているもの。

アメリカのセブンイレブンでは、ハンバーガーやサンドイッチなどのファーストフードを扱っており、いつでもすぐに温かい食べ物が食べられるということで人気でした。

それを日本でどうやるかという話になったとき、多くのメンバーは「そのままやればいい」と考えていたそうです。

その中で鈴木氏だけが、「いや、日本ではそれはあんまん・肉まん、寿司、おにぎりと解釈すべきだ」と言い出します。

今となっては当然のような気はしますが、他のメンバーは「そんなバカな」という顔をしていたそうです。


フランチャイズ・システムの作り方についても議論がありました。

アメリカのセブンイレブンでは、本部であるサウスランド社が物件を開発し、店舗や設備ごとに加盟店オーナーに貸し出すという「マクドナルド・スタイル」を取っていました。

このやり方だと、最初にベストな立地条件さえ決められれば、あとはベストなオーナーさえ選べば確度高く店舗を運営することができます。

フランチャイズではあるものの、主導権を本部側に残しておけるわけです。

ところが日本の場合は、すでに「パパママストア」が無数に存在していました。

彼らの存在を無視して、勝手に新しい店舗を開発していくことは「既存小売業との共存共栄」という創業の理念に合わないことでした。


実際に、サウスランド社から派遣された「立地のスペシャリスト」が選んだ店舗が失敗したということもあり、「日本ではどうすべきか」というのを新たに考え直さなくてはならなかったのです。


このように、具体的な方法論については日米で違いはありましたが、コンビニストア経営における原理・原則については共通のものがあり、それについては鈴木氏も変えようとはしませんでした。


記念すべき第一号店は若手オーナーの「酒屋」

苦労の果てに立ち上がったセブンイレブン・ジャパンですが、第一号店舗となったのは直営ではなく、フランチャイズ店でした。

1973年11月、発足したばかりのヨークセブン宛てに、豊洲の酒屋さんから手紙が届いたのです。

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