シェア5%のセガが任天堂に勝利!王座を奪うもお家騒動で転落するまで【アメリカ家庭用ゲームの歴史③】

2018年12月19日

前回は崩壊したゲーム市場を任天堂が復活させるところまでまとめました。

今回はシェア5%しかなかったセガが王者ニンテンドーからシェアを奪うも転落するまでです。

セガは前身となる会社が1951年にジュークボックスの輸入・販売を目的として創業され、1983年から家庭用ゲーム機に進出しています。

任天堂、ソニーと並ぶ3大家庭用ゲームハードメーカーとして、『メガドライブ』や『セガサターン』『ドリームキャスト』などのゲーム機を製造していましたが2001年にゲームハードから撤退しました。

2004年にサミーと経営統合してセガサミーホールディングスを設立しています。

1989年にファミコンより優れた16ビット機『ジェネシス』を販売するも35万台と大ヒットにはならず

アメリカでの家庭用ゲーム機販売の拠点としてセガ・オブ・アメリカが1986年に設立されます。

1986年はニンテンドーがアメリカで売上を伸ばし始めた頃で、セガはアメリカ版ファミコン『ニンテンドーエンタテイメントシステム(NES)』に対抗して『セガ・マスターシステム』をリリースしますが全く勝ち目はありませんでした。

同じ8ビットのゲーム機でダメなら市場を変えるしかないと、マスターシステムをあっさりと切り捨てて16ビット機に集中します。

1989年にファミコンの倍の性能をもった家庭用ゲーム機『ジェネシス(日本ではメガドライブ)』を販売開始します。

初年度に100万台という売上目標を掲げていましたが、販売台数は35万台程度と大失敗とも大成功とも言い堅い結果となりました。

ニンテンドーがシェア90%を握りセガは5%ほどという状況が続きましたが、セガはこの状況を変えるべくトム・カリンスキーをセガ・オブ・アメリカのCEOにします。

カリンスキーはマテル時代に人気が落ちていたバービー人形を大ヒット商品へと育てあげた人物でした。

王者ニンテンドーに挑むために、大ヒット作品になりそうな『ソニック』をあえて無料で本体につけることに

セガはニンテンドーに対抗するためのキャラクターの社内コンテストを日本で行なっており、青いハリネズミが選ばれました。

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