北京の大吹雪で利用数がUP!?DiDiの歴史と創業者「Cheng Wei」の半生(後編)

北京の大吹雪で利用数がUP!?DiDiの歴史と創業者「Cheng Wei」の半生(後編)

DiDi創業者「Cheng Wei」の半生(前編)の続き

アリババで順調に昇進していたCheng Weiですが、どのようにDiDiを創業するにいたったのでしょうか。

スタートアップのアイデアを考える

2011年、アリババの重役だったWang Gangはアリババ社内での昇進を見送られてしまいます。彼はこれを機にスタートアップを始めようと決意。

Wangは営業トップ成績だったChengやその他部下を集めてスタートアップを始めるためのアイデアを練り始めたのでした。

彼らが最初に考え出したのが教育領域のスタートアップ(EdTech)です。その後レストランレビューサービスなどのアイデアを思いつき、最終的に彼らが事業アイデアとして決めたのがDiDiの原型となるライドシェアリングサービスです。

このアイデアを思いついたのは、北京市内でタクシー難民が多く見受けられたことや世界中でライドシェアリングスタートアップが急速に資金調達を行なっていたことがきっかけでした。

ちなみに彼らが参考にしたのは当時アメリカで流行していたUberでなく、イギリスのライドシェアリング『Hailo』でした。Chengたちはイギリスの『Hailo』を参考に中国で同じ事業を展開(まるパクリ)できないか検討します。

そして2012年にDiDiを創業するにあたってアリババを退職することになったのでした。

Wangが初期のエンジェル投資家に

アリババを退職したChengは、アリババで知り合ったWangを初期エンジェル投資家に迎えてDiDiを創業。(当時の社名:DiDi Dache=英語で"Beep Beep Call a Taxi"の意味)

Chengは一緒に働いていたアリババの同僚を引き連れ、創業当初は100平米の倉庫(会議室付き)をオフィスとして活動開始しました。

創業当時はスマートフォンの保有率もそれほど高くなかったので、すぐに提携先を獲得することは難しかったようですが、なんとか地方のタクシー会社と提携に成功。幸先の良いスタートとなりました。

そしてChengは新たに拠点拡大のために深センに社員2人を派遣したのでした。(当時の社員10名)

深センでの営業を強化するといった決断には、Foxconn(iPhoneの製造工場)が深センにあったことや深センという地域が中国でもっともリベラルな地域であったことが要因としてあるようです。

競合との戦略の違い

順調に滑り出したかに思えたDiDiでしたが、同時に国内の競合スタートアップとの戦いの始まりでもありました。

とある競合企業はアメリカで勢力を伸ばしていたUberの戦力を模倣し、旅客送迎用空港バスなどと連携。(しかし中国では送迎バスよりタクシーの方がはるかに多かったため頓挫)

他にもアメリカの著名ベンチャーキャピタル『セコイア』が支援していた『Yoyao Taxi』は北京空港でドライバーをリクルーティングできる独占契約を締結しました。さらには無料でスマートフォンを配布するなどの大胆な戦略をうつ企業も現れたそうです。

競合が次々に新たな戦略を打つ中で、資本力がさほど無かったDiDiは、独自戦略を取ります。

DiDiは、すでにスマートフォンを持っており、さらにDiDiのサービスを広めてくれそうな若い運転手にフォーカス。彼らにアプリを無料で使用してもらう戦略にしたのでした。

大吹雪によってアプリ利用数がUP!

DiDiのアプリインストールに最も貢献したのが北京を襲った大吹雪です。

2012年末、北京で大吹雪が襲いました。これによって北京のタクシー利用者は寒すぎて道端でタクシーを拾うことは困難に。多くのタクシー利用者がDiDiのアプリを使用。1日のアプリ利用回数が初めて1,000回を突破しました。

『あの北京の大吹雪がなければ今のDiDiは無い』とCheng自身も語っています。

大吹雪によって認知を拡大したDiDiでしたが、しばらくして悪いニュースが飛び込んできます。

なんとアリババがDiDiの競合であった『Kuaidi』に出資を決定したのです。

当時中国で成功するには大手IT3社『アリババ』『テンセント』『バイドゥ』と手を組まなければいけないと言われていた時代でした。

アリババの『Kuaidi』出資を受け、DiDiは他の中国大手IT企業『テンセント』と組むことになります。

テンセントCEOから手厚い支援を受ける

テンセントからの出資を得たDiDiですが、すぐに悪い出来事が再び襲ってきます。

DiDiと競合Kuaidaiの間でドライバーと乗客が交互に両者のサービスを行き来することによって、サービスが途切れ途切れになる問題が発生してしまったのです。これは後に「Seven Days、Seven Nights(悪夢のような1週間)」と呼ばれています。

DiDi社内のエンジニアはオフィスに篭りきり、夜通しで復旧作業に当たることになります。

このシステムトラブルを受けてChengが助けを求めた人物、それがテンセントCEO『ポニー・マー』でした。

テンセントCEO『ポニー・マー』はDiDiのトラブルを解決すべくテンセント社内のエンジニア50人とサーバー1,000台を貸し出します。これでなんとかシステムトラブルを乗り越えることができたのでした。

テンセントの紅包が追い風に

数々の困難を乗り越えてきたDiDiですが、2014年に運命を変える出来事が起こります。

2014年の正月、テンセントの『‎紅包(Red Packet)』と呼ばれるお年玉送金サービスが中国で大ヒットするのでした。(Red Packet:WeChatユーザー同士が少額資金を送金できるサービス)

‎紅包によってモバイルペイメントに大きな可能性を見出したテンセントは、DiDiを自社のモバイルペイメントを促進するサービスだと認識。

これによりテンセントはDiDiに追加出資することを決定しました。この出資によりDiDiはWeChatを通して乗客からドライバーへ送金することが可能に。DiDiのサービス拡充に大きく貢献しました。

テンセントと同じようにアリババは、DiDiの競合であるKuaidiに追加投資。Kuaidiはアリペイを活用した送金が可能になりました。まさにイタチごっこ...

DiDiとKuaidiの2社は、ともに20億元(320億円)もの資金をユーザーへの割引などに使用。これによって爆発的にユーザー数が増加したのでした。しかしこの2社の消耗戦によって勢力を増していたのは黒船Uberでした。

ロシア投資家によって2社は合併

中国市場がUberに取られることを危惧したロシアの投資家(DiDi側)『Yuri Milner』はテンセント、アリババの本社を行き来して仲介。そして2015年2月、Yuri Milnerの仲介によってDiDiとKuaidi2社の合併が成立しました。

そして2016年、DiDiは自社の株式18%(当時の価値で3,500億ドル)と引き換えにUberの中国事業を買収。中国でライドシェアリングのシェア90%を獲得。これにより中国ライドシェア戦争は幕を閉じたのでした。

参照 

Uber Slayer: How China’s Didi Beat the Ride-Hailing Superpower 

Didi's Cheng Wei Is Forbes Asia's 2016 Businessman Of The Year 

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