日本のビジネスパーソンなら知っておきたい西武グループの歴史

2017年08月22日 16:42

最近タイトルを少し煽りがちなので、やりすぎだと感じる方はご指摘ください。

しかし、西武グループが日本社会に及ぼしてきた影響には計り知れないものがあり、2代目・堤義明氏はフォーブズの世界長者番付で6回も世界一になっています(参考:歴代の世界一の億万長者)。

なので、実際に知っておいて損はないと思います。少し長いですが。。

Seibu Holdings Historyより)

西武グループの黎明期

日本の鉄道史は1872年、官営鉄道による新橋〜横浜間の開通から始まります。

その後、私有資本による鉄道建設を望む声が高まり、全国各地で免許が申請される「私鉄熱」と呼ばれるブームになったそうです。

そんな中、1912年(明治45年)に武蔵野鉄道が設立。これが西武鉄道の始まりとされています。

この時点で、西武グループ創業者である堤康次郎(1889年生)は早稲田大学の政治経済学部政治学科に在籍している頃。彼が関わっていたわけではありません。

当時、東京武蔵野では武蔵野鉄道と旧西武鉄道が2強となって拮抗していました。

しかし、1939年(昭和14年)に東京市電(現在の都電)が池袋と護国寺の間で開通すると池袋駅が交通のハブとなり、武蔵野鉄道を利用する客が急増。

終戦後の1945年(昭和20年)9月になると、武蔵野鉄道が旧西武鉄道を吸収合併することとなり、両社の競争は終止符を打ちます。

創業者・堤康次郎による西武グループの勃興

西武グループ創業者である堤康次郎は、滋賀県愛知郡の農家の長男として生まれ、祖父母に育てられました。

海軍予備学校を卒業後、一旦就職したのちに20歳で上京。早稲田大学政治学科に進み、弁論クラブ「雄弁会」に所属。

早稲田大学創始者の大隈重信の後援会「大隈伯後援会」には発起人の一人として参加し、選挙活動の手伝いなどをしていたようです。

大隈が主宰する出版社「新日本」の社長も任されるなど、早くから経営者としての経験を積んでいきます。

その中で、貿易商の野澤源次郎が「新日本」に掲載した談話 「株式熱より土地熱へ」というものがありました。

「大戦景気の真っただなかに、株式熱が最高潮に達する時は、急転直下の前触れであり、やがて投資は土地へと移り、地価の高騰を招く」と強調しており、康次郎もその頃から東京・下落合の土地を購入しています。

1917年(大正6年)には軽井沢・沓掛(現・中軽井沢)の土地も購入し、1920年には不動産会社「箱根土地」を設立。

設立趣意書では単なる不動産業ではない、海外観光客が増えることを目論んだ「大遊園地」の必要性を強調するなど、未来志向の街づくりを早くから意識しています。

軽井沢や箱根などの「リゾート開発」のほか、「宅地・学園都市」の開発も進め、破竹の勢いで事業を拡大。

1928年(昭和3年)には多摩湖鉄道を設立するなど、不動産開発における鉄道インフラの重要性に早くから気づいていました。

「土地開発と交通機関とは不可分の関係にある」という持論のもと、鉄道を中核インフラとして新しい街づくりに取り組んだのです。

また、「学園都市構想」の中で取り組んだ大泉学園都市の開発をきっかけとして、武蔵野鉄道と関わりを持つようになります。

武蔵野鉄道は1920年代後半から経営が傾き、1929年の世界恐慌の際に決定的な打撃を受けます。武蔵野鉄道の積極経営の裏には巨額な借入金があり、世界的な大不況によって赤字に転落したのです。

箱根土地も武蔵野鉄道の株主に名を連ねていた上、武蔵野鉄道が破綻すれば開発中の大泉学園都市にも大きな影響が予想されます。

そこで、1932年(昭和7年)から康次郎が経営の実権を握り、再建に奮闘。

再建は難航したようですが、1937年(昭和12年)に康次郎の経営再建案により債権者と和解。すると、輸送実績などの経営状況が大幅に改善していきます。

1939年(昭和14年)には豊島園の経営会社を吸収合併、1940年には百貨店(武蔵野デパート=現・西武百貨店池袋店)に進出し、経営の多角化を進めます。

同じく1940年には武蔵野鉄道の大株主だった浅野財閥から株式を買い取り、社長に就任。多摩湖鉄道を合併させ、その1943年にはライバルだった旧西武鉄道の社長にも就任します。

戦後間もない1945年に武蔵野鉄道に旧西武鉄道を合併し「西武農業鉄道」としたのち、翌年の11月に「西武鉄道」に改称されました。

あえて合併された側の名前を残した理由は、「西武鉄道の従業員に、合併されたという劣等感を与えてはいけない」という配慮からだったそうです。

箱根土地によるリゾート地と学園都市の開発

時間は前後しますが、堤康次郎が当初展開したリゾート開発と学園都市構想についてまとめておきます。

リゾート開発

まずはリゾート開発について。

日本における「避暑のための別荘」という発想は、江戸時代末期から明治にかけて来日した外国人たちが持ち込んだそうです。

その後、「旧軽井沢」と呼ばれる地区で最初のリゾート開発が行われます。購入するのは皇族や華族、政治家などがほとんどでした。

そんな中で堤康次郎は、開発の手が全く入っていなかった沓掛地区に目をつけます。

単価の低い隣接地を選ぶことで、リゾート地を一部の上流階級だけが楽しむものでなく、大正デモクラシーの中で現れた新中産層にも手の届くものにしたいと考えたのです。

上流階級向けの別荘地開発が進む中で、新中産層向けの簡易別荘を売りだす、というのが康次郎の戦略でした。

学園都市構想

堤康次郎は、箱根・軽井沢という現在では日本を代表するリゾート地のほか、大泉、小平、国立という3つの学園都市の開発にも取り組んでいます。

その中で、

① 街並みを長方形とし、整然と四角の区画を並べる

② 大学の予定地を住宅街の中心、または突きあたりに配置

③ その大学の真ん中から広い道路が貫く

④ 所々にロータリー状のアクセントを配置

など、独自の特徴を有していたそうです。

旧華族の土地を買い取り、大衆向けにプリンスホテルとして展開

戦後の1946年、日本では財産税制度が導入され、旧華族や旧皇族は所有地面積に応じた大きな税負担を強いられることになりました。

1947年には日本国憲法が施行され、華族制度の廃止などにより、多くの名家が資産の切り売りを余儀なくされました。

そんな中、1944年に堤康次郎は箱根土地を国土計画興業に改名し、不動産会社としては業界最大手となっていました。

そして1947年、軽井沢の千ヶ滝別荘地内にあった朝香宮家の別荘を取得します。この別荘は再分譲せず、 一部に改修を加えて「プリンス・ホテル」として開業。


これは非常に大きな出来事だったようで、この実績により皇籍を離脱した宮家等から赤坂、高輪、横浜などの土地売買を持ちかけられることになります。

それが1953年に高輪プリンスホテル(現・グ ランドプリンスホテル高輪)、1954(昭和29)年に横浜プリンスホテル、1955(昭和30)年に赤坂プリンスホテルを開業することとなり、オリンピック・イヤーであった1964年には東京プリンスホテルの開業により、「プリンスホテル」というブランドを確立。


また、1957年には大磯ロングビーチ、1961年には苗場国際スキー場などが2代目・堤義明氏の手腕によって次々と開発されます。

堤義明氏は1934年生まれであり、大磯ロングビーチの開業を手がけた時には弱冠23歳という若さ。初代・堤康次郎の帝王学が授けられていたのだと想像します。

その他にもゴルフ場などを展開し、一般サラリーマンの娯楽拡大とともに西武グループの事業も順調に発展を遂げます。

1970年には「鎌倉逗子ハイラン ド」の分譲も開始したほか、1965年には「鎌倉霊園」を開園しており、リゾート地以外の開発も進めています。


1978年には西鉄が所有していたライオンズ球団を買収、「西武ライオンズ」が誕生します。

イメージキャラクターとして手塚治虫の「ジャングル大帝・レオ」を採用することで、従来のイメージとは異なる球団との印象付けに成功します。

証券取引法違反と上場廃止、堤家との離別

西武グループはその後も躍進を続け、フォーブズの世界長者番付ランキングでは1987年から1994年までのうち、6度も堤義明氏が1位になるなど、世界で見ても優位な地位を確立しました。

しかし、2004年には西武鉄道が「総会屋」に利益供与していたことなどが発覚。堤義明氏が西武鉄道の会長職を降りることになります。

さらに同年の10月、有価証券報告書への虚偽記載が問題となると、コクドや西武鉄道など、全てのグループ会社の役員職から辞任。

2005年には証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載、インサイダー取引)容疑にまで発展し、有罪が確定します。

西武鉄道と伊豆箱根鉄道の2社が東京証券取引所から上場廃止処分を下されることとなります。

西武グループはみずほグループ出身の後藤高志氏に経営権が移り、西武グループと堤家の資本関係は、西武ホールディングス発足とサーベラスなどの外部資本注入により整理。

そして2016年には堤氏の資産管理会社NWコーポレーションの全株式を西武HDに譲渡し、西武HDが一般株主から起こされていた訴訟で発生した賠償費用を負担。堤氏が西武HDに対してもつ株式がゼロとなります。

これにより、堤家と西武グループの資本関係は完全になくなったということになります。

参考資料

歴史・沿革

西武グループの歴史

Seibu Holdings History

西武鉄道 歴史・沿革

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